エコリージョン単位で始める地方再生/オルタナティブ経済序説��

第1次産業の制約
マズローが唱える欲求段階説に欠落があるのか、或いはいくつかの欲求が組み合わされ、それに有史以前からの経験が学習効果として加わって、脳の無意識界に埋め込まれたのかはここでは問いませんが、多くの人には、恐らく安全欲求と社会的欲求の狭間くらいに、「成果が不安定な肉体労働を忌避する思考回路」があるように思われます。その観点から考えると、農業や漁業など自然の恵みを分け頂く第1次産業と称される労働には、天候や環境変化の影響によって、「成果」を安定化させることが難しいという制約がついて廻ります。
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人口が都市に集中する構造的理由
一方で都会は、市場原理に基づいて絶え間なく労働生産性を高めてきた、いわゆる「高次産業」で膨張を続けてきました。言い換えれば、都市は「成果が不安定な肉体労働を回避する装置」と位置付けることができます。考えてみれば、その機能こそが都市が地方出身者を引き寄せる魔力の源泉なのでしょう。なので、飢餓欲求や安全欲求に満たされた若者は、高校を卒業すると、社会的繋がりを振り切ってでも都会での生活を選択してきたのです。その積み重ねが都市に人口を集中させ、地方の農山漁村を限界集落にまで貶めている元凶に違いありません。
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地方が衰退する構造的理由
更には地方に留まっている人々も「成果が不安定な肉体労働」がベースにある日々の暮らしを、曲りなりにも安定化させるため、市場経済の枠組みの中で、都市へ農山漁産品を供給することで現金収入を得てきました。ただしそれは、「成果が不安定な肉体労働を忌避する」生産地どうしの価格競争を生み、さらには経済グローバル化の波にも晒されて、疲弊が疲弊を産み衰退が衰退を招いて、更に都市を優位な地位へ高める結果となっています。もちろん農商工連携や6次産業化の試みが功を奏して、活気づく地域もありますが、それらは原理的に特異例でしかあり得ず、多くの地方が同じ動きを活性化させれば、そこに新たな競争原理が働いて、気がつけば、地方の資源が都市に吸い上げられる構造にうまく組み込まれているだけ、という状況に陥るのが関の山でしょう。
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エコリージョンの可能性
そうした観点をもとにして、21世紀に相応しいオルタナティブなフロンティア・デザインを構築するとするなら、その鍵は大都会を頂点とする市場経済には距離を置いて、地域人どうし、或いは地域どうしの連帯によってレジリアンスな循環の環を強化することにあるように思います。つまりは、「成果が不安定な肉体労働を忌避する生産地」が互いに支え合うことで、お金に頼らなくても豊かな生活環境が整えられるのではないか、と。もっと言えば例えば川の流域、エコリージョンで農山漁村が共同し都会にはない魅力が創発できれば、中央に媚びることがない、魅力的な辺境を創造できるようにも思います。
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カテゴリー:オルタナティブ経済論序説 | 投稿者 xbheadjp : 2013年10月27日 17:45