成長の限界を越えて/オルタナティブ経済論序説��
1.経済成長は、消費の喚起で幸福感を増幅させる
市場経済を「人々の欲望を喚起して消費を促し、資金をより回転させることで幸福感を増幅させる枠組み」と再定義してみましょう。資本主義社会は実質的に、融資や投資、株式など借金で廻っているので、読み替えれば「借金をし、その利子を返済しつつも更なる幸福感が得られると、それを実践する人々が増えた時、正確に言えばその借入額が前年を上回った時、世間ではそれを経済成長と看做している」訳です。なので、平たくいえば「毎度の借金が幸福感を増す原資となる」その不等式が成り立たないと経済成長は見込めません。円安になれば、インフレになれば、とは次元が違う話なのでしょう。
*出典:http://www.youtube.com/watch?gl=JP&v=iqlxMp3dR7Q&hl=ja
2.オールサムからゼロサムへのパラダイムシフト
大航海時代、大海原を渡った先に無限のフロンティアが臨めたオールサムな状況では、市場経済はまさに「幸福感を増幅する枠組み」でした。株で資金を集め、そのバックアップで冒険を成功させた英雄は、航海に携わった猛者たちは、そして欲に駆られた投資家は、多かれ少なかれ富の分配に与かることができたのでしょう。あるいは植民地支配であれ、緑の革命であれ、そのステークホルダーは、それなりに生産性向上の恩恵を受けていたとも想像できます。しかし「消費は美徳」と奨励された歴史は一変しました。陸地が開発し尽くされ、海や空までもが汚染に晒されて、地球は毎年、その環境容量の144%ものダメージを受けています。日本に至っては許容範囲の2.3倍ともいわれる広さで地球を踏み潰している、その現状においては、度を超えた発展は破壊であり、誰かの幸福は誰かの不幸であって、時代はとっくにゼロサム社会にパラダイムシフトしているのです。例えれば「日本人は普通に消費生活をしているだけで、世界の国々の、そして将来世代の権利を侵害している加担者だ」といえなくもありません。
*出典:http://www.wwf.or.jp/activities/lib/lpr/WWF_EFJ_2012j.pdf
3.グリーン・グロースという名のグリーン・ウォッシュ
今は昔、日本でも地球に対する環境負荷が1.0に満たなかった時代であれば、産業振興や消費生活についてエコを謳うグリーン・グロースは、もちろん推奨されるべきだったと思います。しかし、すでに限界を大幅に超えている破綻途上国にいながら、何をもって経済成長が「グリーン」といえるのでしょうか?単純に考えて、例え我々のエコフットを2.3から1.8へ激変させる製品が開発されたとしても、過剰消費のそしりは免れえず、それが地球に優しいからどんどん買い替えましょうというビジネスが、社会正義といえるのでしょうか?燃費が大幅に向上した減税対象車だからといって、広告宣伝に多額の経費を掛け、乗り換えを促して、そのオーナーに勘違いな優越感を与えることが、どれだけ企業の社会的責任にかなった経営と評価されるでしょうか。今となっては環境負荷が1.0を下回るレベルでない限り、後ろめたくて「地球に優しい」なんていえないし、まして消費を煽らなければ成長できない市場経済が、その宿命から脱皮することなしに、エコとビジネスの両立をアピールすることはまさに欺瞞でしょう。もっといえば、エコやロハスを掲げて必要以上の購買を促す広告宣伝など、それだけで似非な「グリーン」と感じてしまうのは自分だけでしょうか。

*出典:http://www.suzuki.co.jp/car/ecocar_info/
4.成長の限界を超えて
1の投資で100倍の便益が得られる安い石油の時代は、とうに終わっています。環境負荷へのリボ払いを100万年後の未来まで分割させるだけの原子力発電も、化けの皮が剥がれてしまいました。あらたな経済成長のエンジンとして自然エネルギーに期待を寄せる向きもありますが、その投資対効果はせいぜい1桁台でしょう。もはや借金をしたところで、その元利返済以上の物的満足を抱かせてくれる錬金術など見当たりません。都市生活者でさえ、大量生産大量消費の先には、大量廃棄だけしか残らないことを体感している。地域住民でさえ、公共投資の後には、莫大な維持費負担と赤字国債しか残らないことを痛感している。もちろん窮すれば、政治に景気対策を迫るのは世の習いです。しかしそんな経済状況だからこそ、抜本的な立て直し策は、需要の先食いでしかない。そんな政治情勢だからこそ、あちらが立ったらこちらが立たずで、どの政権も長続きしない。あいえ、もうみんな薄々は気づいているのでしょう。成長には限界があることを。発展の先に本当の幸福などないことを。なので今、模索すべきはバブルを膨らませるだけのグリーン・グロースではなく、パラダイムシフトへの対応策となるソフトランディングのシナリオです。経済の枠組みも市場の枠組みも、その根幹となる価値体系から積み上げ直さなければ、持続可能な循環型社会など、見出せることはないでしょう。
カテゴリー:オルタナティブ経済論序説 | 投稿者 xbheadjp : 2012年12月29日 22:27
